【音楽小話】書籍『天才たちの日課』からわかる音楽家のモーニングルーティン(エピソード集①)

鑑賞の授業で、

作曲家の「人となり」について触れることはよくあります。

例えばそんな時、

コギト先生
知ってた?ベートーヴェンってマメな人でね、それこそ毎日飲むコーヒーのマメをきっちり60粒数えてたんだって。

 

とか

 

コギト先生
しかもしかも、音楽のことで頭がいっぱいになってボーッとして、シンクの水を溢れさせてマンションの下の階に水漏れさせてたらしい!

 

とか言うと、きっと、

みんな
へぇ〜。

って興味持って聞いてくれそう。

 

今日はそんな逸話が詰まった書籍、

『天才たちの日課』〜クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々〜

/メイソン・カリー著

の中から、

音楽家についてのエピソードを抜き出して紹介します。

 

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コギト先生
私が鑑賞の授業で話す際の備忘録がてら書いています。みなさんの授業の肥(こやし)にもなれば幸いです!

 

 

モーツァルトはブラック労働

天衣無縫なイメージのある、モーツァルト。

有名な伝記映画「アマデウス」の中でも、

パーティで後ろ向きになって手を交差させてピアノを弾いたり

曲の最後に効果音でオナラしたり。

 

「僕のお尻を舐めてくれ」と言う曲を作っていたことでも有名です↓

 

そんなモーツァルトですから、かなり私生活もわがままで自分勝手に生きていたのでは?

と思いますが、

 

生計を立てるために朝から晩まで忙殺されていた、と「天才たちの日課」には書かれています。

 

コギト先生
モーツァルトの一日のルーティンはこんな感じだったみたい。
モーツァルトの一日

6:00〜7:00   髪のセット・服装を整える

7:00〜9:00   作曲

9:00〜13:00  個人レッスン(ピアノを教える)

13:00〜      昼食

〜21:00      人付き合い or コンサート or 作曲

21:00〜23:00 コンスタンツェ(妻)に会いに行く

23:00〜25:00 作曲

新米教員
寝る時間ないじゃん…

 

当時音楽は貴族のものでしたから、音楽界で生きていくのは大変。

身なりを整えたり、人付き合いしていくことにモーツァルトも時間を割かないわけには行かなかったことが想像できます。

 

「とにかく、あまりにもたくさんやるべきことがあって、何がなんだかわからなくなってしまうことがよくあります」父親に宛てた手紙の中でモーツァルトは言っている。それは誇張ではなかったらしい。父親のレオポルト・モーツァルトはその数年後に息子のもとを訪ね、その生活が予想通り、すさまじく忙しいことを見て取った。ウィーンから自宅に宛てた手紙でレオポルトはこう書いている。「このせわしさとあわただしさを、いったいどう表現すればいいだろう」

「天才たちの日課」p.40

 

モーツァルトは1770〜1827年、35歳でなくなっていますが、

天才ならではの夭折、と言うより、

多忙なブラック労働で早死した

と言ったほうが正しいのかもしれません。

 

映画「アマデウス」は音楽教員でモーツァルトをやるなら必ず見ておいた方が良い映画です↓

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ベートーヴェンはマメなやつ

 

夜明けに起きてほとんどすぐに仕事を始めたと言うベートーヴェン。

コーヒーを淹れるのがモーニングルーティンだったということですが、

「1杯につき、必ず60粒」

と決まっていて、一粒ずつ数えることすらあったそうです。

 

また、70回とも80回とも言われる生涯での引っ越し回数も注目に値します。

これは、

天才のインスピレーションに変化を与えるため

と言う理由もありますが、

隣近所とのトラブルが絶えなかったため

とも言われています。

「しょっちゅう大量の水をこぼすので、床下まで水がもれてしまい、ベートーヴェンが家主に嫌がられる主な理由となっていた。ベートーヴェンの部屋から水がもれないようにするためには、床にアスファルトでもしかなければならなかっただろう。しかも本人は自分の足元にインスピレーションの源があふれてしまっていることに全く気づいていなかった。」

「天才たちの日課」p.42


↑ハイリゲンシュタットのベートーヴェンの家

 

ちなみに、ベートーヴェンをさらに上回る引越し魔だったのが、

葛飾北斎でした。

彼は90歳でなくなるまで、なんと93回も引越ししたそうで、

しかもほとんどが墨田区内の近所だったそう。

こちらの頻繁な引越しの理由は「片付けができず、すぐにゴミ屋敷化するから」

 

天才がゆえ、インスピレーションが引越しを必要としたのか。

引越ししなければいけないほど日常生活が不適応だったのか。

 

↓生徒に紹介するならこの本がオススメ

 

シューベルトは一点突破型の職人気質!?

小学校の鑑賞教材の「ピアノ五重奏曲 ます」や

中学校の鑑賞教材の「魔王」、

高校の歌唱教材「のばら」や「セレナード」など、

学校の音楽にも登場する作曲家のシューベルト。

 

「歌曲の王」として有名です。

 


↑シューベルトの音楽を中心に語り合う夜のサークル、「シューベルティアーデ」。

引用:Wikipedia

コギト先生
シューベルトは音楽をすること以外には興味を持たなかったみたい。

 

シューベルトは毎朝6時くらいには机に座って、午後1時まで(!)ぶっ通しで作曲をしたとのこと。

しかしそのあとは、コーヒーハウスへ行ったり、新聞を読んだり散歩に出かけたり、お酒を飲んだりしていたそう。

新米教員
まあ午前中7時間もやったわけだからね。

 

ピアノを教えるなどの「お金稼ぎ」もほとんどしなかったため、経済状況はよくなかったようですが、それは彼の「実務能力」にも原因があったのかも。

 

シューベルトを取り巻く友人の一人が語っている。「彼は作曲においては並はずれて勤勉で独創性にあふれていたが、それ以外の仕事と名のつくものに関しては、全くの役立たずだった」

「天才たちの日課」p.233

コギト先生
本当に音楽だけの一点突破型の人だったみたいですね。

 

その①は以上です!

 

 

 

 

 

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