展覧会の絵の曲ってそれぞれモデルとなった絵があるって本当?
ムソルグスキー作曲の組曲「展覧会の絵(Pictures at an Exhibition)」は、ムソルグスキーの親友であったヴィクトル・ガルトマンという画家・建築家の遺作展を観たときの印象を音楽に表したもの。
組曲「展覧会の絵」では10枚の絵画をモデルにした曲が作曲されていて、その絵画の作者がガルトマンです。
この10枚の絵画を表現した曲に、「プロムナード」(散歩道の意味)という展覧会の中の絵から絵へと歩いて移動する音楽がはさまっているのが特徴です。
ガルトマンが描いた10枚の絵は遺作展に並べられていたものの、その後散逸してしまったらしく、これだと断定されているものから、推測の段階のものまであり、10曲に対してすべて「これが曲のモデルだ」と断定できていません。
1991年に作曲家の團伊玖磨さんがNHKと共同してこの絵画を探し当てようとロシアを尋ねる番組を製作しました。
※埋込みができませんでしたが、以下から視聴できます。
https://youtu.be/y7YAuhV35_U?si=9Ff_8Gam3pZAV2vT
革命に消えた絵画 追跡 ムソルグスキー「展覧会の絵」
書籍版もあります。
今回はこの番組と書籍を参考に、組曲「展覧会の絵」の
- モデルになった絵の紹介
- 各曲の解説
をしていきます。
今回はラヴェルがオーケストラに編曲したものを基本に話しを進めていきます。
各曲を埋め込み動画で聴きながら読めるようにしていますので是非参考にしてくださいね!
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コギト | 音楽教材研究家
- 音楽教員歴18年の元音楽教員
- 教員辞めても教材研究が好きで続けている
- 元作曲専攻で鑑賞や創作の授業が得意
- ピアノはコンクール全国大会入賞レベルでピアノ動画チャンネル(YouTube)も運営
- ICTを駆使・時短マニア
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ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」の全体構成
組曲「展覧会の絵」の楽曲構成は以下のようになっています。
調 | 強弱 | テンポ | 曲想 | |
---|---|---|---|---|
プロムナード1 | 変ロ長調 | f | Allegro | 華やか |
1:グノーム | 変ホ短調 | ff | vivo | 唐突 |
プロムナード2 | 変イ長調 | p | Moderato | 穏やか |
2:古城 | 嬰ト短調 | pp | Andantino | 古風・静的 |
プロムナード3 | ロ長調 | f | Moderato | 重厚 |
3:テュイルリーの庭 | ロ長調 | p | Allegretto | 軽快 |
4:ビドロ | 嬰ト短調 | ff(p) | Moderato | 重々しい |
プロムナード4 | ニ短調 | p | Tranquillo | 悲しい |
5:卵の殻を被ったひな鳥の踊り | ヘ長調 | pp | Scherzino | 軽快 |
6:サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ | 変ロ短調 | f | Andante | 暗い |
(プロムナード5) | 変ロ長調 | f | Allegro | 華やか |
7:リモージュ | 変ホ長調 | f | Allegretto | 明るい |
8:カタコンブ | ロ短調? | ff-p | Largo | 悲痛 |
死者とともに死者の言葉で | ロ短調 | pp | Andante | 追悼 |
9:バーバ・ヤガー | ハ長調 | ff | Allegro | 恐怖・快活 |
10:キエフ(キーウ)の大門 | 変ホ長調 | f-ff | Allegro | 絢爛豪華 |
曲が移り変わると長調から短調になったり、テンポがガラッと変わったりしてさながらジェットコースターのように飽きさせない工夫がされていることがわかります。
ただ変化をつけるだけじゃなく、流れや全体的まとまりもあるから傑作なのですよね。
プロムナードとは?
プロムナードとは「散歩道」のこと。
プロムナードは音楽用語ではありません。
ムソルグスキーがこの組曲の中で独自に名付けた「絵画から絵画へのパッセージ(移行)」としての音楽です。
組曲の一番最初もプロムナードから始まるから、これは前奏曲的な役割もあるかもね。
ムソルグスキーはこの旋律を5回出てくる各プロムナード(「死者とともに死者の言葉で」も含めると6回)で使っています。
プロムナードのアイコンとも言える旋律です。
「展覧会の絵」の各曲解説
それでは各曲について解説していきます。
プロムナード1
プロムナードについての説明は前述しました。
組曲の最初の曲でとても有名な旋律ですが、1小節目が5/4拍子、2小節目は6/4拍子。変拍子と転拍子が入り混じった複雑な拍子をしています。
こんなに複雑なのにみんなが知ってる有名曲なのすごい…
以下、何度も出てくるプロムナードはこの旋律が必ず使われます。
最初はトランペットの独奏で始まります。
金管楽器で始まり、城の門でも吹かれるファンファーレのようですから「入口」を連想させ、組曲の幕開けにピッタリな感じがします。
中間の弦楽器の合奏が始まる部分も展覧会への期待に胸が高鳴るような気持ちを盛り上げるような効果があります。
1:グノーム
グノームとは「小人」という意味。この曲のモデルとして断定されてはいませんが、グノームを描いたガルトマンの絵はこれです↓
プロムナード1が終わってattacca(途切れなく)急速なフレーズで始まるこの曲は聴いている人をドキっとさせるもの。
「これが小人を表現した曲なのか?」と似つかわしく感じないかもしれません。
グノームは大地を司る精霊で、モノマネが好きでいたずらも得意。突然笑いながら石を投げたりするそう。
いたずら好きなグノームの神出鬼没なところや不気味な性格を描写しようとしたのかもしれません。
または、グノームそのものというより絵の鑑賞者がこの展覧会で初めて見る絵の新鮮・鮮烈な印象を音で表現しているのかもしれません。
飛び跳ねるような2音からなる旋律や、低音のドロドロしたトリルはグノームの動きを描写しているような感じがします。
プロムナード2
プロムナード2はプロムナード1と同じ旋律で構成されています。
「con delicatezza(繊細さをもって)」という楽想記号が付けられています。
遠くで響くような優しい音色で演奏されるホルンに始まり、伴奏は平和な田園風景を思わせるような木管楽器が担当します。
テンポも穏やかでゆっくりです。
2:古城
「古城」の絵も断定されていませんが、実際のガルトマンの遺作展の企画者スタソフはこの絵をこのように説明しています。
中世の城。その前では吟遊詩人が歌っている。
それに基づいて絵を探すと、近い絵画はこれになるようです。
城の前に男声の黒い影が見えますが、これが吟遊詩人というわけです。
コントラバス・チェロ・ファゴットが動きの少ないすこし退屈で古風な伴奏を奏でます。
それにのってオーケストラではあまり使われないサックス(サクソフォン)が登場します。
サックスのすこし憂鬱な旋律は吟遊詩人の歌声と思われます。
サックスって「人の声に近い音色を出す」と言われてるわよね。
編曲したラヴェルのアイデアですが、この旋律に合う楽器はオーケストラの標準装備であるクラリネットでもオーボエでもなくサックスと考えたのでしょう。
プロムナード3
プロムナード3はプロムナード1と同じようにトランペットから始まります。
旋律は金管ですが、伴奏は弦楽器や木管楽器が主に受け持ち、プロムナード1よりも重厚な感じがします。
この曲は「さあここから盛り上がっていくのかな」というところでパタっと音楽が途切れます。
歩いていたら次の絵に出くわして立ち止まった感じなのかな。
3:テュイルリーの庭
テュイルリーというのはパリの有名な公園の名前です。
ガルトマンは生涯でヨーロッパを訪れたことがあり、そこでの印象を絵にしています。ムソルグスキーは自筆譜にこのように書いています。
テュイルリー、遊びの後のこどもたちのけんか
これも断定されていませんが、曲のイメージに近い絵として上げられているガルトマンの絵です。
曲は、子供の足取りや、笑い声などが木管楽器の速いパッセージで表現されていて軽快です。
ここまでの曲が重い曲調が続いていたため、バランスよく軽いテイストの曲を配置したのでしょうね。
4:ビドロ
「ビドロ」という言葉には2種類の意味があります。
1つ目の意味は「牛車」。言われてみれば低音で演奏される2つの和音を行ったり来たりする音型は重々しく進んでいく牛車をイメージさせるようでもあります。
ただしガルトマンの絵に「牛車」を表現するものは見つかっておらず、実際に行われムソルグスキが目にしたガルトマン遺作展の目録にも牛車の絵は記載されていません。
2つ目の意味は「(家畜のように)虐げられた人たち」。ロシアの中では侮蔑的な意味合いがある言葉です。
この意味で探すとギロチンの刑に処されている人と兵士の姿が描かれた「ポーランドの反乱」というガルトマンのスケッチが見つかります↓
この重々しい低音の連続は確かに「牛車」がゴトゴト移動していく様子を表すようでもあり、オーケストラ編曲をしたラヴェルは牛車が遠くから来て迫ってくる効果を出すために(ピアノ原曲が最初からffで始まるのとは違い)ppからのクレッシェンドで表現しています。
「追跡ムソルグスキー展覧会の絵/團伊玖磨」ではピアニストがこの2音の連続の音型を「ショパンの葬送行進曲に似ている」と指摘しています。
このような指摘やあまりに曲想が重苦しいことから、この曲が「虐げられた人たち」の表現なのではないかという考えも間違ったものではないと言えそうです。
ちなみに私見ですが、この曲は全曲の「テュイルリー」との対比を図っているように読み取れます。
この「テュイルリー」のフレーズはビドロの伴奏と、「2音の連続」という点で一致していますが、
- テュイルリー:長調(ロ長調)・高音の3度下行旋律・pで演奏
- ビドロ:短調(嬰ト短調)・低音の3度上行旋律・ffで演奏
と全くの対比になっていることがわかります。
プロムナード4
聴いてわかるように、他のプロムナードと違って、旋律の最初の2音が抜けた形になっています。
木管楽器の高い音で表現されており、空想的で浮遊しているような印象を与えます。
どこかしら考え込んでいるような雰囲気…
他のプロムナードと違って短調になっているのも特徴的ですね。
最後には次の曲「卵の殻を被ったひな鳥の踊り」の旋律の一部が断片的に現れて予告され、次へのつながりを作っています。
5:卵の殻を被ったひな鳥の踊り
この曲のモデルの絵画は断定されたものが存在します。
ガルトマンが「トリルビー」というバレエの舞台衣装のために描いたデッサンです。
かわいいひな鳥のデッサンから想像される通りの曲で、飛び跳ねるような曲想でテンポも速いです。
装飾音(前打音)があるメロディはピヨピヨというひな鳥の鳴き声のようであり、2段目の左手の半音音階もひな鳥がチョコチョコと歩いているような感じがよく表現されています。
途中で出てくる高音のトリルもかわいいですよね。
6:サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ
この曲は二人の男の絵がモデルになった曲です。別名「二人のユダヤ人」と言われています。
男の名前が題名になっているんですね。
これもモデルの絵は断定されていて、それぞれの男性を描いた2つの絵があります。
曲も2つの旋律が登場し、それぞれの性格を表していると考えられます。
最初は順番に現れる二人の旋律ですが、後半では同時に現れます。
何か言い合いをしているようにも感じられる後半の表現が聴きどころです。
プロムナード5
このプロムナード5はラヴェル編曲版ではカットされています。
名ピアニストのホロヴィッツ編曲でもカットされているみたいですね。
プロムナード1とほとんど同じような曲調で、確かにカットしてすぐ次に行ったほうがスッキリするような感じもありますね…。
7:リモージュ
ムソルグスキーはこの曲の楽譜にこのように書き込みました。
女たちが喧嘩をしている。激しく怒ってつかみかかろうとするくらいに。
この絵の断定も出来ていませんが、リモージュとはフランス中西部の都市のこと。
ガルトマンがフランスで書いた市場のスケッチがそれではないかと推測されています。
せわしなく、まくしたてるようなテンポと旋律線で、聴いている人を楽しく急き立てるような音楽です。
ごちゃごちゃ忙しく動き回る市場の様子がよく出ていますね。
16分音符が絶え間なく続くことで止まらない疾走感がでているのと、3小節目でスフォルツァンドのアクセントが拍頭からずれて裏打ちになっていることでつんのめる感じも出ています。
8:カタコンブ
リモージュの音楽が盛り上がりきった所でattaccaで切れ間なくこの曲に突入します。カタコンブとは昔のキリスト教の地下墓地のこと。
お日様が輝く市場と薄暗い地下の墓場。すさまじいコントラスト!
この絵は残されていて、ガルトマン本人も描かれて(手前でランプを持っている)います。
ムソルグスキーの自筆譜にはこう書かれています。
亡くなったガルトマンの創造精神が私を頭蓋骨(絵の右の壁)へと導いている。やがて頭蓋骨は静かに輝き始める。
ガルトマンへの鎮魂歌(レクイエム)であるとも感じられます。
曲は長い音の和音を連ねた瞑想的な曲想ですが、フォルテとピアノが何度も入れ替わりながら一音一音に表情がついているところが劇的でもあります。
天国を感じさせるような弱音から、砂を噛むような痛々しい響きの強奏和音まで一つ一つの和音それぞれにドラマがあるように感じられます。
和音だけで表現しきるところがすごいですね。
死者とともに死者の言葉で(プロムナード6)
この部分は「プロムナード」と名付けられていませんが、プロムナードの旋律が使われているため第6のプロムナードと見ることができます。
最初に現れる弦楽器の高音のトレモロがすすり泣きのように悲痛で、ガルトマンへの追悼を示しているように感じられます。
楽想記号は「con lamento(嘆きを持って)」。ラメントは音楽用語では死者をいたむ音楽の総称であり、嘆きの音楽のことです。
プロムナードの旋律からは8分音符が引き伸ばされて全て4分音符となっており、動きのない悲しい音楽となっています。
9:バーバ・ヤガー
バーバ・ヤガーとはロシアの伝説に登場する魔女の妖怪(ロシアの子どもたちにはおなじみの存在)で、暗い森に住み、道に迷った人間を小屋に連れ込んで食べてしまいます。
バーバ・ヤガーは臼に乗って森の中を移動するらしいです…。
ガルトマンの描いた絵はこの妖怪バーバ・ヤガーが住んでいる小屋のスケッチです。
バーバ・ヤガーの小屋は人骨の柵に囲まれた鶏の足の上に建っている小屋で、迷って近づいてきた人間に対して自在に入口の向きを変えられるように脚がついているとのこと。
ガルトマンの絵はその小屋を時計付きで描いています。
個人的にはバーバ・ヤガーの小屋をイメージするより、バーバ・ヤガーそのものをイメージしたほうが曲を捉えやすい感じがしています。
冒頭のこの部分はまさにバーバ・ヤガー登場、といった感じ。
長調になる部分はおどろおどろしさもありつつどこか楽しい感じもあります。
ロシアの音楽ってどこか「楽しいと暗いが共存」するようなところがありますよね。「一週間」とか「コロブチカ」とかってそんな感じ。
この部分はバーバ・ヤガーが森を豪快に駆け回っている(臼に乗って)様子がイメージできます。
中間のフルートの2音トレモロがある部分は曲が静まって、バーバ・ヤガーが森に隠れてひっそりと獲物を待っているよう。
10:キエフ(キーウ)の大門
バーバ・ヤガーからattacca で続けられるこの組曲の終曲。
キエフとはウクライナの首都(ウクライナ語読みではキーウ)。
建築家でもあったガルトマンはキエフ市募集の門の設計のコンテストに応募し好評だったのですが、結局門は建設されずに終わってしまいます。絵はそのスケッチです。
評価されたガルトマンの雄大な門を最後の曲のモデルに持ってくることで音楽的にもクライマックスを作ろうとしていることは明らかです。
高らかに歌い上げる冒頭の金管楽器のファンファーレが感動を呼びます。雄大な門を表すようでもあり、ガルトマンへの賛美も表したかったのではないでしょうか。
途中では静かに木管の合奏が挟まります(senza expressione「表情なしに」という指示)。
曲の緩急をつけるのに役立っています。
何か遠い思い出を回想しているような…。それか門の前に急に穏やかな風が吹いてくるような曲想…
最後の部分はテレビ番組でも有名なクライマックスです。
曲が知られるのはいいけど、「ナニコレ珍百景」のイメージでしか聴けなくなるとちょっと悲しいですね…
ムソルグスキーのガルトマンへの伝えきれないくらいほどの思いが分厚い和音で表現されていると言えます。
音の厚みが増して、これ以上表現しきれないくらいの盛り上がりを見せ、シンバル・チューブラベル・トライアングル・大太鼓などあらゆる打楽器も使っています。
ピアノの楽譜(上掲)を見ると、7〜11小節などは手が足りないくらいいくつもの和音を押さえ、かつ、低めの音も重なっているため、ここだけ取って聞くと響きとしては汚いです。
ただ、それがかえって「表しきれないムソルグスキーの感情」をぶつけているようで感動を覚えてしまわないでしょうか。
血も涙も汗も全てごちゃまぜの全身全霊の表現、そういった感じがします。
ピアノ版で聴くとそれがよくわかります。
展覧会の絵はピアノ版も聴くべし
ラヴェルの類まれな編曲技術によって、原曲のピアノ版より有名になってしまった「展覧会の絵」。
実はピアノで名演奏を残しているロシアのピアニスト、スヴァトスラフ・リヒテルはラヴェル編曲に対してこう断じています。
私はあの編曲は嫌いだ。ムソルグスキーの音楽を理解していない。
ラヴェル版ではプロムナードの一つが省略されていたり、本来ffで始まるビドロを牛車が遠くから迫ってくる効果を出すためにppから始めて徐々にクレッシェンドするなど、ラヴェルの意図で変更されているところもあります。
どの部分がリヒテルの気にいらなかったのかは定かではありませんが、ピアノ版はラヴェルの管弦楽版に比べてもっと泥臭い印象を受けますね。
ピアノ版も聴いてみて、ムソルグスキーは本当はどう表現したかったのか探ってみるのもおもしろそうね。
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